東京地方裁判所 平成2年(ワ)16467号 判決 1991年10月11日
原告
城東土地株式会社
右代表者代表取締役
山口巌
右訴訟代理人支配人
金山武士
右訴訟代理人弁護士
平野大
被告
アトリエクレアシオンこと
名取淑子
主文
一 被告は、原告に対し、別紙物件目録の建物を明け渡し、かつ、平成三年九月一日から右明渡済に至るまで一か月三万円の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の主位的請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 原告の請求
(主位的請求)
被告は、原告に対し、別紙物件目録の建物を明け渡し、かつ、平成二年一二月一日から右明渡済に至るまで一か月三万円の割合による金員を支払え。
(予備的請求)
被告は、原告に対し、原告から一、〇〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録の建物を明け渡せ。
第二 当事者の主張
一 請求原因
(主位的請求)
1 杉本博太郎(以下「杉本」という。)は、昭和五七年ころ、その所有する別紙物件目録の建物(本件建物)を、被告に対し、賃料を月三万円で賃貸する契約(本件賃貸借契約)を結び、右建物を引き渡した。
2 本件賃貸借契約は、次の事情から一時使用目的のものであった(主な争点)。
(一) 本件建物は、大正六年に建築されたもので、老朽化が著しく、そのため杉本は、本件建物の前賃借人の中島が昭和五七年ころ退去した後、本件建物を空き家としておくつもりであったところ、被告の懇請により、被告が他に部屋を見つけるまでの間に限り、被告に賃貸したものである。
(二) 右賃貸借契約について、契約書は作成されなかった。
(三) 右賃貸借契約について、敷金及び権利金の授受はなかった。
(四) 右賃貸借契約の賃料は、従前の賃借人について月七万円であったのに対し、被告については月三万円と定められた。
3 杉本は、被告に対し、昭和六二年一〇月二四日書面で右賃貸借契約の解約申入れ(本件解約の申入れ)を発し、右申入れは同月二五日ころ被告に到達した。
4 原告は、杉本から、右同月三〇日本件建物を買い受け、同月三一日その所有権移転登記を受けた。
5 よって、原告は、被告に対し、賃貸借契約の終了に基づき、本件建物の明渡しと平成二年一二月一日から右明渡済に至るまで相当賃料額一か月三万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。
(予備的請求)
1 杉本は、昭和五七年ころ、その所有する本件建物を、被告に対し、期間を定めず、賃貸する契約(本件賃貸借契約)を結び、右建物を引き渡した。
2 杉本は、被告に対し、昭和六二年一〇月二四日書面で右賃貸借契約の解約の申入れ(本件解約の申入れ)を発し、右申入れは同月二五日ころ被告に到達した。
3 原告は、杉本から、右同月三〇日本件建物を買い受け、同月三一日その所有権移転登記を受けた。
4 本件解約の申入れには、次のとおり、正当事由がある(主な争点)。
(一) 被告は、昭和六二年一〇月二五日以前から本件建物を使用していない。
(二) 被告は、本件建物の他に、店舗、住居を有し、本件建物がなくとも、営業上も居住上もなんら支障がない。
(三) 本件建物は、朽廃又は朽廃直前であり、危険なため解体する必要がある。
(四) 原告は、本件建物を解体して、ビルを新築する計画を立てている。
(五) 原告は、正当事由を補強するため、被告に対し、立退料として一、〇〇〇万円を提供する旨、平成三年八月二九日口頭弁論期日において陳述した。
5 よって、原告は、被告に対し、原告から一、〇〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、賃貸借契約の終了に基づき、本件建物の明渡しを求める。
二 請求の原因に対する認否
(主位的請求に対して)
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の内、(一)の事実は否認し、(二)及び(三)の各事実は認める。(四)の内、本件建物の賃料が月三万円と定められたことは認め、その余の事実は否認する。本件賃貸借契約は、期間の定めのない賃貸借契約である。
3 同3及び4の各事実は認める。
(予備的請求に対して)
1 請求原因1ないし3の各事実は認める。
2 同4の内、(一)ないし(三)の各事実は否認し、(四)の事実は知らない。
本件解約の申入れには、次のとおり、正当事由がない。
(一) 本件建物は、未だ十分使用に耐える状態である。
(二) 原告が、本件建物の明渡しを要求しているのは、いわゆる地上げ目的である。
(三) 被告は、本件建物を営業及び住居の本拠地として使用している。
(四) 杉本は、被告の本件建物の使用状況について承知し、異議を述べたことがない。
三 抗弁
1 一部弁済(主位的請求に対して)
被告は、原告に対し、賃料相当額月三万円を口頭弁論終結時の平成三年八月分まで支払っている。
2 法定更新(予備的請求に対して)
被告は、本件解約の申入れを受けてからも、本件建物の使用を継続している。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は明らかに争わない。
2 同2の事実は否認する。
五 再抗弁
遅滞なき異議(抗弁2に対して)
原告は、被告の使用継続に対して、遅滞なく、立ち退くよう異議を述べた。
六 再抗弁に対する認否
再抗弁事実は否認する。
理由
(主位的請求(一時使用貸借)について)
一請求原因1の事実並びに同2の内、本件賃貸借契約について、契約書が作成されなかったこと、敷金及び権利金の授受がなかったこと及び賃料が月三万円と定められたことは、いずれも当事者間に争いがない。
二右争いのない事実並びに証拠(<書証番号略>、証人杉本博太郎、原告本人)から、次の各事実が認められる。
1 本件建物は、大正六年ころに建てられた木造瓦葺きの二階建てで、昭和四〇年ころから本件建物を賃借していた中島某が入居中に台風で屋根の羽目板が浮き上がり、中島の要請で修理をしたこともあり、同人の退去後、杉本が本件建物の内部を見たところ、大雨が降ると雨漏りがすることもあり、また、二階の床は傾いているといった状況であった。そのため、杉本は、中島が昭和五七年ころ本件建物を立ち退き、他に転居した後、いずれ取り壊すつもりで、空き家にしておく予定でいたため、不動産屋に賃貸の仲介の依頼もしていなかった。
2 ところが、本件建物が空き家であることを知った近所の不動産屋が杉本に無断で本件建物の賃借人を求めている旨の店頭広告を出したため、これを見た被告が賃借を希望し、杉本を訪問した。杉本は、前記のとおり人に貸すような物件ではないと思い、いったんは断ったが、被告が強く入居を希望したので、「被告が他の住居を見つけるまで。」という話をして、家賃もただというわけにもいかないので、賃料を月三万円(前記中島の最終的な賃料は月七万円)とし、敷金も権利金もとらず、契約書も作成しないで、被告に賃貸することにした。
3 被告は、独身の服飾デザイナーで、当初は本件建物を住居兼制作した商品等の置き場として使用していた。しかし、被告は、当初から本件建物の所在地に住民登録をしておらず、本件建物に入居する前の住所地も具体的に明らかにしない。また、被告は、本件建物で新聞も取っていない。さらに、平成二年一年間の毎月の電力使用料は、せいぜい数一〇キロワット時(標準的な家庭で二〇〇から三〇〇キロワット時)、水道使用料は、平成元年五月から八月の四か月で合計一立方米、九月から一二月までの四か月で合計二立方米(標準的な家庭の四か月間で一二〇から一五〇立方米)に過ぎない。また、原告の関連会社に当たる株式会社フジタの社員が被告と明渡しの交渉をするため本件建物を訪問又は電話をしてもほとんど被告は不在で連絡も取れない状況である。したがって、被告が海外等への出張があることを考慮しても、被告は、少なくとも平成元年及び二年の二年間は、本件建物を商品等の荷物の置き場として又は本件建物の敷地を草花の栽培に使うことは別として、ほとんど本件建物に居住していなかったといわざるを得ない。
右認定の各事実から、本件賃貸借契約は、被告が新しい住居を探すに必要な相当期間、遅くとも杉本又は本件建物の譲受人が本件建物を取り壊すまでの、一時使用を目的とする賃貸借であるというべきである。
一方、被告が新しい住居を探すに必要な相当期間が経過しているというべきであり、また、杉本又は原告が本件建物の敷地にビルを新築するために本件建物を取り壊す計画を有していることは、<書証番号略>から認められる。
三請求原因3及び4の各事実は、当事者に争いがない。
四抗弁1(賃料相当額の支払)の事実は、原告は、明らかに争わないので、自白したものとみなす。
五以上の各事実から、予備的請求について判断するまでもなく、主位的請求は、本件建物の明渡しと平成三年九月一日から明渡済に至るまで一か月三万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める限度において理由があるから、これを認容し、その余の請求(平成二年一二月一日から平成三年八月末日までの賃料相当損害金の支払を求める部分)を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、仮執行宣言の申立てについては、相当でないので、これを付さないこととし、主文のとおり、判決する。
(裁判官宮﨑公男)
別紙物件目録
所在 東京都港区白金台四丁目三一番地
家屋番号 同町七五番
種類 居宅
構造 木造瓦葺二階建
床面積 一階61.15平方米
二階37.19平方米
右の内別紙図面の斜線部分
一階32.6平方米
二階32.6平方米
(現況は二棟に分離している。)
別紙図面<省略>